灯火の先に 第3話


アーニャが下げてきたお盆を見て、ジェレミアは深く息を吐いた。
このお盆の上の料理はスザクの夕食だ。食べざかりのスザクのために山と盛られたジェレミアの自信作は、皿に盛りつけられた時とほぼ変わらない状態で戻ってきた。それらの料理を、アーニャはプラスチックの保存容器に移していく。これは明日の朝食、そしてお昼のお弁当に利用されることになる。ジェレミアもアーニャも元騎士で、今も肉体労働をしているから普通の人よりも食べるため、これらを無駄にする事はない。
以前のジェレミアなら、捨ててしまえと言っただろう。だが、ゼロレクイエム時のルルーシュと咲世子の教育の賜物で、料理を残すという考え方を改め、更には自分でオレンジ畑だけではなく菜園も始めた事でよほどの事が無い限り、食材を無駄にする事は無くなっていた。何よりこの料理はジェレミア自身が試行錯誤しながら作ったもの。余計に残そうと言う気は起きないのだろう。
アーニャはスザクがよく食べる事を知っているし、ジェレミアもゼロレクイエムの間の短い付き合いでも、スザクが大食漢な事はしっている。いくら体を動かさず寝ている事が多いといっても、これで足りているはずがない。
ショックなのはわかるが、これでは体を壊してしまうだろう。

「アーニャ、枢木に明日はちゃんと食べるよう言ってもらえないか?」
「言った。無理やり食べさせてこれ」

アーニャの言葉に、ジェレミアは眉を寄せた。
食べるようにとしつこいほど言い、ようやくこれだけ食べたという。
スザクは知らない事だが、ジェレミアはルルーシュにスザクの事は出来るだけサポートしてあげてほしい、もしゼロとして何らかの理由で立てなくなった、あるいはゼロが必要のない世界になり、スザクに行き場が無い様なら助けてあげてほしいと頼まれていた。
もとよりそのつもりだったため、失明の連絡を受けすぐにスザクを引き取った。
スザクなら、ジェレミアとアーニャが農作業に出ているあいだ一人にしても問題はないだろうし、二人で切り盛りしている農園だから、障害があったとしても人手はありがたい。悪逆皇帝の臣下であるジェレミアの元にはまともな人間など寄ってはこないし、ルルーシュを悪く言う者たちを入れたくはないため、全てを知る人間は貴重なのだ。
だからスザクが落ち着いたら、目が見えなくてもできる作業を手伝ってもらい、ここで穏やかな生活を共に送ろうと思ていたが、このままでは衰弱死してしまいかねない。

「・・・いやまて、もしかして枢木の口に合わないのではないか?」

悲観的な事ばかり考えていたが、そもそもスザクは日本人。
ジェレミアとアーニャが用意するのはブリタニアの料理ばかり。
日本食などルルーシュが皇帝業の合間に作ったのを口にしただけで、作ったことなど無かった。

「日本食はあっさりとした料理が多かったから、もしかしたらそれが原因かもしれない。だから陛下も日本食を多く作られていたのか」

それでなくても体も心も弱っている。
ブリタニアの料理は今のスザクには辛いのかもしれない。
一人納得顔で頷くジェレミアを見ながら、「それは違う」とアーニャは冷静に突っ込みを入れたが聞き入れられなかった。ジェレミアの行動を止めるつもりもない。これはジェレミアなりの謝罪なのだと理解しているから。
ゼロレクイエムや、それ以前の謝罪ではなく、ここに来た当初の話だ。
ジェレミアはスザクが来た当初に、抜け殻のように憔悴しきっていたスザクを見て怒鳴りつけてしまったのだ。

「何だ枢木その顔は!ゼロであるならば、ルルーシュ様の騎士であったなら、もっと背筋を伸ばし胸を張ったらどうだ!そんなに落ち込んでいては幸せも逃げると言うもの、今の枢木を見たらルルーシュ様も悲しまれるぞ!」

ルルーシュの騎士。
それはジェレミアにとっては大変名誉な物で、ルルーシュの傍に立つスザクをとてもうらやましく思っていた。それほどのものを与えられたのだから、もっと胸を張って生きろと、ジェレミアとしては励ますために言った言葉でも、受け取り手の気持ちが落ちている時にはその通りには受け取ってもらえない。盲目になり役立たずとなったのだ、ゼロをであることを放棄した姿を見て悲しんでるさ、とスザクは思っていた。

「ナナリー様も長い間暗闇に囚われておられた。それでもあのように明るく過ごされていたのだ。そう悲観する事はない」

身近にいたナナリーまで引き合いに出し元気づけようとするが、それは上から目線の、健常者目線での同情にしか聞こえないし、ナナリーとは立場も状況も違う。
ナナリーの目は精神的なもので、心の傷が癒えれば瞼は開き、視力を取り戻すと言われていた。実際はギアスで封じられていたのだが、どちらにせよ希望はあったのだ。だが、スザクの目は違う。奇跡でも起きないかぎり無理なのだ。
スザクは何も言わなかったが、ジェレミアの言葉に深く傷ついていた。

「失ってしまった物を悔やんみ、落ち込んでいても意味はない。さあ枢木、陛下が望まれたように明るい明日を思い描き共に生きていこうではないか!」

そんな風にスザクを熱く励ましたのだが、アーニャから見れば完全に逆効果で、予想通りスザクはますます落ち込んでいった。この時すでに鬱になっていただろう。
今のスザクに必要なのは時間。
自分で考えて、この状況を受け入れ克服する時間。
それを無視して暑苦しく説得してもただ悪化させるだけだと、ジェレミアをスザクの部屋から追い出すと、アーニャはジェレミア相手に珍しく語尾を強めて説教をし、スザクの部屋に入る事を禁じた。
自分の肉体の、自分自身の喪失をジェレミアも経験しているはずだが、ジェレミアは最初「これはすべてゼロを倒すために必要だったのだ!」と考え、その後ルルーシュからゼロとして反逆する意思を確認した後からは「これはすべてルルーシュ様とお会いするための試練だったのだ!」と、喜ぶ始末。そんなポジティブ人間に、長年自分の記憶を、行動を信じられず苦しみ続けたアーニャの気持ちも、突然視力を奪われ、生きる理由も気力も根こそぎ失い、失意のどん底にいるスザクの気持ちも理解できないだろう。
とはいえ、しばらく放置して様子を見ていたが、スザクの思考はネガティブなままで、ドンドン深みにはまって行っている。
ジェレミアはこれだし、アーニャもまたスザクと話をして立ち直らせるには役不足。
このままでは本当にスザクは駄目になるかもしれない。
パソコンを引っ張り出し、和食を調べ始めたジェレミアを見ながら、アーニャは携帯を開き電話をかけた。
数コールのあと、相手はめんどくさそうな声で電話に出た。
アーニャは躊躇うことなくゼロの、スザクの現状と怪我の様子を説明すると、場違いなほど楽しげな声で相手は答えた。

『なんだ、そんなことか。それなら適任がいる。いいだろう、ここ最近暇だからなそいつを連れて、そちらに遊びに行ってやろう』

電話の向こうで魔女が笑った。

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